文章がうまく書けるようになりたい、という妄想で終わる休日

文章がうまくなる方法を探しています。

いい文章を書きたい。

なぜ?

本を出したいから。

そう考えてブログを始めてからかなりの日数がすぎました。

一向に、うまくなる気配がしない。

たぶん、文字数とか気にしないでとにかく毎日「書く」ことをしなければいけないんですよね。

わかっている、わかっていますけど、

仕事が終わってから、スマホで「書く」となるとなんだか乗り気になれない。

誤字脱字があるかも。

読んだ人から批判が来るのではないか。

文字数が少ない。

こんな文章じゃだめだ。

いろんなことを考えて、アップしないための言い訳にしてる。

もうね、そんなのどうでもいい。

とりあえず書く。

内容がなくてもいいから書く。

文字数少なくていいから書く。

疲れない程度に書く。

肩の力をぬいて書く。

 

書く、書く、書く、書く、書く、書く、

書く、書く、書く、書く、書く、書く、

書く、書く、書く、書く、書く、書く。

 

書くしかない。

 

いまは下手くそでいいのだ。

最初から文才がある人もいるだろうけど、私はそうではない人だ。

それでいいのだ。

私は天才ではない。

私は文才がない。

それでいいのだ。

いつか見てろよ、私。

本を出すから。

やってやろうじゃないの。

 

と、こたつに入りながら妄想してました。

文章上達のコツはいろいろあるみたいですけど、すぐに身になる方法ってないですよね。

とりあえず、書くしかないんですね。

内容なんて気にしていられ、ないよう。

なんて。

 

 

「円安・円高の影響と大企業の賃上げ戦略:経済素人の視点」

円安、円高、利上げ、利下げ、これらの言葉について経済の素人である私が思うこと。

 

大企業が賃上げすることができている。

その理由を、今が円安だからできたとする。

となると、 今後、円高になってしまうとせっかく賃上げしたのに、外国相手の大企業は収益が減ってしまう。

その結果、賃上げしてきたことで、人件費が高騰してしまう。

そんなバカなことをするために、この不景気な世の中で今のような大幅な賃上げをするはずはない。円安は維持される、またはさらなる円安が進むと予想できているから、賃上げを決行できた。

つまり、今後、円高になることはないと言える。

一般庶民にはわからない「かたち」で円安、円高のシナリオがあるのではないか。なんて。

 

世の中への「かたち」として、円高に一時的にはなるのかもしれないが、それは微々たるもので、その後にそれを発射台として円安がぐんと進行する。

そうなると、さらに大企業は賃上げができて、さらなる収入の格差が広がる。

人口減少がさらに進むのは確実なのだから、大企業として国内の需要を相手にすることはメリットが少なくなる。

となると、海外に拠点を移す。

そこでは円は使わずにドルを使う。

つまり、これからは円を持っているよりドルをもっている方が大企業としての資産価値は高まる。

ということは、円が売られてどんどん円安になる。

このことからも、今後、円高になる予想がたたない。なんて。

 

円安について、簡単に考えれば、

人口減少が起きて生産年齢人口が減る。

そして、需要と供給が減りお金の回りが小さくなる。

ほとんどの企業が国内での仕事が少なくなる。

そして、海外に仕事を探し出す。

つまり、円安になることしか思いつかない。なんて。

 

しかし、ここで移民の受け入れが数百、数千万人で確実にあれば、国内の人口は「かたち」として維持される。

あればだが。

地球が始まってからの歴史と比べたら、ほんの少し前に「鎖国」をしていた。

そんな歴史がある中で、はたして移民の受け入れは可能なのか。多様性という言葉が当たり前にある世の中だけど、移民の受け入れをする。それも数百、数千万人の受け入れができるのか。わからない。

ただ、その場合があるなら、その時はマーケットが活性化して円高になるのかもしれない。

くれぐれも、かもしれないの範囲だが。

 

円安、円高が今後どう動くのか経済の素人の私にはまったくわからない。

 

ただ、思うこと。

賃上げできていいなと。

私が働いているところは労組がない。

賃上げしてほしいといったところで、

「はいはい」でおわりだ。

 

給料よ、上がれ。

 

「仕事ができる人が必ず偉いとか、良いというわけではない」

今日の教訓

仕事ができない人にとって仕事ができる人は疎ましい存在なこともある。

なにをもって仕事ができるというのか。

その目安を、仕事ができる人イコール仕事が早い人と定義しよう。

その反対は、仕事が遅いだ。

なぜ仕事を早く終わらせたくないのか。

その人たちにとっての仕事とはなにか。

それはダラダラと仕事をしていくことなのだ。

定時でピッタリに帰るためになにが必要なのか、どう動けばいいのか、そのあたりがわかってない。

仕事ができない人イコール、時間管理ができない人なのかもしれない。

「別に予定がないからいいんだ」ではない。

予定があろうとなかろうと、定時で帰ろう。

周りの仕事ぶりをみてみんなで定時で上がれるように工夫しよう。

残業代をもらっても、税金で持ってかれるんだから早く帰ろう。

時間は有限。残業するためにあるのではないだろう。

ただ、仕事ができる人もある意味、雇用されているうちは負け組である。

定時で帰りたい。仕事に余裕をもって働きたい。そういった「仕事ができる人」ならば、いますぐ退職願を書いて退職の準備をすすめ、起業して自分の働き場所をつくるかなにかをしなければならないのだ。

それをしないのならば、仕事中のできごとについて文句をいうべきではない。

 

とまあ、今日思ったことです。

仕事ができる人っていいですよね。

そうなりたいです。

 

「逃げずに挑む勇気、学ぶ強さ:人生の勝者への道」

嫌だなと思うときは、それを避けるようにすればいい。簡単なはなしです。

逃げることが悪いことみたいな風潮はありますが、とんでもない、「逃げ」も立派な戦略です。そもそも、嫌々やることなんてお互いにメリットがほとんどないです。

嫌だなと感じたら上手に逃げる。

もし、逃げられなかったら、そのときは観念して嫌々やらずにどこかに楽しみを見出して、嬉しそうな感じでやりましょうね。

ほんとは逃げるが勝ちですけど。

 

話をガラッと変えますが、勉強だけは逃げないほうがいいです。

自分の成長に繋がるだろうと思えることには、逃げずに立ち向かったほうがいいですね。

大人になってから、とくに30代を超えたあたりから「勉強しておけばよかったな」と思うことが多々あります。

世の中の仕組みがわかってくると、知らかったことがとても多いと気づきます。

でも、仕事が終わってから勉強しようとするのはしんどいです。

勉強するために、まとまった時間をとることが難しくなります。

若い人は「勉強しなさい」と口やかましく言われるかもしれません。

うるさいな、と感じるかもしれませんが、

歳をとればとるほど、 自分の無知に気づき始めて、勉強したほうがいいという意味がわかってくると思います。

いち早く勉強する意味に若いうちから気づけたら最高ですね。

どうしても逃げたいというひともいると思います。

嫌なことから逃げる。それもいい。

成長にならないという意見もあるでしょうけど、他のことを努力できたらいいんじゃないですか。

そして、逃げ続けていたら、きっとどこかで「このままではいけない」と気づくはず。

それまで、逃げていたらいい。

気づいたら大人になっていたとしても、その時に周りのひとよりも何倍もがんばればいい。

自分で気づくことができるひとなら、きっと何事もやれます。

ちょっとくらいきつくても、自分のためなんだから、やれるはずです。

 

 

「豊かなのになぜつらい?― 現代のパラドックス」

こんなにも豊かなのになぜつらい?

・人と直接会わなくても繋がれる

・病気もすぐに治せる

・勉強も好きなときにできる

・通勤時間が短縮されてる

YouTubeAmazonプライム娯楽が多い

・食べ物、衣服、ヘアカット安いチェーン店が多くて、さらに選べる

・音楽がスマホですぐに聴ける

・調べ物がスマホでできる

・英会話の翻訳がリアルタイムでできる

・エアコン使えば快適

・水道から水が出る

・電気が使える

・知識はネットやYouTubeから無料で得られる

・海外のことがすぐに分かる

スマホでギャンブルや投資ができる

・副業ができる

・住む場所が選べる

・仕事が選べる

・ネットで買い物できる

・旅行代が安い

・戦争がない

・公共施設がたくさんある

・ボタンを押せばすぐに風呂に入れる

・お掃除ロボットがある

・お金を出せば快適な暮らしができる

ここまで快適になってるんだから、収入が少なくても補えるのではないか。

昭和初期の頃、平成初期と比べて、どれほど快適になっただろうか。

 

求め過ぎてることはないだろうか。

「給料 vs 人間関係:仕事のバランスを考える」

給料よくて人間関係がいいってところはありますか?

・給料いいけど、人間関係悪い

・給料悪いけど、人間関係いい

あなたはどちらを選びますか?

私は給料が悪くても人間関係がいいほうを選びます。

給料も人間関係もわるいところは問題外ですが、上記のどちらかを選ぶとなると、

人間関係がいい方が働いていて、楽しいと感じるところがあるし、なによりストレスが溜まりにくいです。仕事のストレスのほとんどは「人間関係」であるといっても過言ではありません。

「いやいや、給料がいいなら、人間関係は我慢できる」

なんて人もいるでしょうけど、

情報の共有もない

他人と競い合う

悪口のオンパレード

引っ張りあい

こういうことが毎日のように続くところはきついです。

働くうえで、人間関係は意外にたいせつです。

余談ですが、

なんで必ずといっていいほど、職場の中に性格が悪い人が一定数現れるのでしょうか?ほんとに不思議なんです。その人たちが休日の時にはギスギスした環境にはならない。

あれは「必要悪」といっていいのでしょうか。

職場の七不思議です。

給料だけでは仕事にならんです。

人間関係もたいせつです。

「無能な上司との闘い:給料差と自己実現の選択」

今日の教訓

なぜ無能な上司などという存在がいるのだろうか。

普通に考えてほしい。

上司である以上、無能ではあってならない。

そんな上司でも、あなたより給料は高い。

いくら仕事ができる有能な人でも、歩合制やノルマ制でもない限り、その上司は有能であるあなたより給料が高いのだ。

無能なのに、である。

そんな上司を役職につかせている、その上もまた同じである。


しかし、最大の負け犬はそんなところで働いているあなたである。

その職場に嫌気がさしているのであれば、

辞めて起業するしかないのである。

さあどうする。